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2012 土神と狐 [ものがたり文化]

とりあえず、ここにも載せておきます。
パーティの人たちに見てもらえるように。
3月11日発表会をします。来てね。

設計思想
樺の木:動き回る 軽やか 芯の強さ
土神:ヒステリック 素直 不器用さ
狐:格好付け 臆病 勉強家
神になりきれない土神と、紳士になりきれない狐。少女のままでいられない樺の木。不完全な三人による悲しいお芝居。
狐にとっても土神にとっても、樺の木は唯一無二の友達である。狐は、広い野原でたまたまであった樺の木を見初め、精一杯自分を良く見せたくておしゃれをし、本を用意し、星のことや美学のことを調べて、樺の木にお話をしにいく。自分が用意してきたことを思う存分話し、気持ちよくなってきて、うっかりと用意していなかった「望遠鏡」の話をしてしまった。一度ついた嘘を直すことができないのは、相手を傷つけたくない、という自分への言い訳か。人への嘘は自分への嘘でもある。
土神は、人間との関係に寂しさを覚え、野原に現れた樺の木に親しみを感じた。特に自分を飾るということをせず、自分の感じたことを知ってもらうために樺の木に話をしにいく。蓄積した怒りがわずかなことで表面に出てしまう性格。本来は飾り付けられていたものが飾りを失い、自らの姿を見失いかけてしまっているような。
樺の木にとって、狐や土神は必要なのだろうか。カッコウやモズや鳥たちが集まれば寂しくないのか。根を持つものとして、訪ねてもらうことはできるが、訪ねることはできない。尋ねることはできる。樺の木が本当に知りたかったのは、自らが立つ土地のことだろうか。それとも世界の美しさや宇宙のことだったのだろうか。

ローカルからグローバルへという時代が落ち着くと、次の時代に求められるのは何だろう。グローカル?いやいや、なんだそれ。やっぱりむらは作るものではないし、人の集まるところ、生きているところにあるもので。人それぞれの宇宙を追求していく方がおもしろいんじゃないだろうか。
「今できることをしよう。」まずは、自分のことを見ることか、相手に映る自分を見ることか。世界には、相手と自分しかいないのだから。「地面が震えて砕けた」としても。

聴覚
「虹いろアメンボ」
芸術、美しいものを探している。色にひかれて、ものがたりに登場する色を集めて身を飾っている。特に赤が好き。
赤革の靴、火(くわ)、朝日、赤い鉄の渋、「(天道は)春は赤く」、赤い焔、赤剝げの丘
赤は、お日さまの赤であり、鉄を生む火や鉄自体の赤であり、星の赤であり…このものがたりのはじまりから終わりまで心棒のように通っているもの。そのエネルギーを常に感じながら、聴覚としての美しさ=ものがたりの美しさを追求していくのが虹いろアメンボの役割。あんまり役割、とか言わなくてもいいか。
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コメント 2

かんからかん

わ 林パーティは土神と狐やるのですね。
30年めのつどいに京都からきた 根本コースケの演劇ユニット
ベビーピーも 土神と狐を 題材にやるようです。
ちょっと 興味あるね。 みなさまにお知らせお願いします。
http://twitter.com/#!/Baby_pee
by かんからかん (2012-02-06 17:11) 

shyo-1

>かんからかん
ベビーピー版土神!気になります!
土神はやってますね。学堂でもやるんですよ〜。
by shyo-1 (2012-02-07 00:52) 

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