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『北守将軍と三人兄弟の医者』のお話 [ものがたり文化]

18日の本番に向けて。
小学5年生に向けて書いてみました。

30年て、どう思う?長い?短い?みんなのお母さんお父さんはいくつ?だいたい35才〜45才ぐらいかな。30年前は5才〜15才だ。今のみんなと同じぐらいかな?
例えば僕は今35才。30年前は5才だ。年中さん。幼稚園に行っていた。あんまり記憶にないけどクリスマスでイエス様の劇とか、やってたような…小学校1年生の時なら少し覚えているよ。入学式でのちのち仲良くなる同じ団地の友だちとけんかをしたんだ。理由は覚えてないけど。まあ、黄色い昔、といっても良いような、ぼんやりとした記憶しか残っていない。やっぱりずいぶん長い時間、と言えるな、今の僕にとっては。
北守将軍ソンバーユーはその30年間、ずーーっと砂漠にいた。北守ということは、北からの敵と戦ったんだね。中国という国は、北に砂漠があって、そこから攻めてくる遊牧民族の人たちと長く戦っていた歴史がある。遊牧民族は馬に乗って攻めて来るから、それを防ぐために「万里の長城」という長い壁をつくっていたんだ。さらに、町の周りにもしっかりとした城壁を何重にもつくっていた。日本のお城とは違って、街全体が大きなお城みたいになっていた。だから、将軍が帰ってきた時に、最初は誰だかわからないから城門を閉じて、ソン将軍だってわかってからは門が開いた。
敵をやっつけて帰ってきた将軍だったけど、見た目はすっかり変わってしまった。みんな「灰色でぼさぼさして、なんだかけむりのやう」だった。しかも、将軍は馬から下りられない。本当に30年間ずーっと馬に乗っていたんだね。さて、病院に行こう。丁度良い病院が町の南の崖の上にあった。リン兄弟の病院だ。まず、リンパー先生は頭の目を直してくれた。リンプー先生は、馬と将軍を離してくれた。リンポー先生は顔や体に生えた草を取ってくれた。ここで将軍は30年ぶりににっこりした。これはうれしいだろうね。30年間砂漠でせおっていた苦労から解放されたわけだから。それから将軍は王様にあいさつに行く。王様は、これからも大将たちの大将になってくれ、というけれど、将軍はていねいにお断りした。そして、ふるさとのス山のふもとに帰っていく。
さて、最後将軍はどうなったのかな。仙人になったのかな?それともリンパー先生が言うように死んでしまったのかな?まわりの人からみれば、30年間も戦ってきた将軍様はすごい人だから、「仙人になった」と思ったのかもしれないね。でも、将軍を治したリンパー先生からみれば、将軍も普通の人と同じだったのに30年間の戦争のために病気になってしまった、と思っているのだろう。どうなったか、ということの答えは、1つしかないと思うかもしれないけれど、実はそうじゃない。
死んじゃった人は、もういない。本当かな。みんなの心のなかには確かにいる、と言えないかな。ちょっと難しいけど、身近な人で考えようか。例えば、僕のおじいちゃんは僕が20才ぐらいの頃に死んでしまった。おじいちゃんは青森にいて、僕がお葬式に行った時には骨になってしまっていて、会うことができなかった。そうするとどうなるかというと、実感がわかない。確かにもういないから会うことや話すことはできないんだけど、でも、またどっかで会えるような気がしちゃう。ひょっこりお庭の木の間から顔を出すんじゃないかな、とか。金魚にえさをあげてるんじゃないかな、とか。それは、本物のおじいちゃんじゃなくて、おじいちゃんの記憶だ、って言われるかもしれない。でも、東京に帰ってきて青森のおじいちゃんを想像することと、記憶のなかのおじいちゃんは違うのだろうか。おじいちゃんがその場にいない状態で僕が感じているおじいちゃんは生きていてもいなくても同じなのではないだろうか。おじいちゃんは心のなかでは昔も今も僕のなかにいるのだ。
つまり、ソン将軍は仙人になったのかもしれないし、死んだのかもしれない。それは、ソン将軍のことを思っている人がどう考えるのが落ち着くか、というだけのことなのじゃないかな。いまの常識として考えれば、仙人なんていない、と思うかもしれない。でも、将軍は仙人になったと思った方が落ち着く、という人もいる。お話としては、それぞれで落ち着く方を選べば良い。ただ、僕らはそれを人体交響劇で発表する。さあどうしようか。一応僕の考えを書こう。それぞれの人がもっている北守将軍ソンバーユー、というのはどうかな。あんまりおもしろくなさそうな気もするけど、今はこんなところかな。

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カメラ

カメラが欲しくなってきた。
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ちょっとテスト。
とりあえず、畑にGR3を持ち込んでみた。
一眼か、ミラーレスが欲しい。
ファインダーが欲しいから、一眼か。それでも軽いミラーレスか。

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もうちょっと考えよう。

稲刈り [田畑]

昨日が稲刈り日でした。
本当は先週の予定だったので、人数が少なくて10人ぐらい。
先週の日曜日は台風でできなかったので、まあできてよかった。
先週も今週も土曜日には田んぼの会の人たちが来てくれていて、
通信制の高校やYWCA、幼児園など、受け入れ団体の人たちも来てくれているので、
半分は終わりました。

今年は、イノシシの被害が出て一ヶ所の田んぼは全滅してしまった。
しばらく休耕していた所を、
開墾の体験をしたい!という仲間達と久しぶりに拓いた田んぼだったのですが。
稲が実ればスズメが来るし、刈った稲をハザに干せば鳩が来る。
どうも以前よりも被害が増えているような気がするけど、どうだろう。
ちょっとめげるけど、負けないようにがんばるしかない。
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140511 田んぼの会 [田畑]

今日は田んぼの活動。
参加者は、大久野幼児園のお母さんたちが中心に立ち上げた田んぼの会。
7、8家族ぐらい来てくれた。
田んぼは、今年もまた水不足気味なので1枚だけ畦塗り。
早めにお昼を食べて、午後は畑苗代の草取り。
こちらも水不足気味なので、みんなが帰ってから水やり。
じょうろで撒くから結構時間がかかるし、効果も薄い気がするけど仕方ない。
火曜日にはどうしても雨が降ってくれないと困る。

一年ぐらいあけてしまった。
アカウントがなぜかいつの間にか変わってたりして。
まあ、書きましょう。

田んぼの日々0621 [田畑]

たまーに文字も書いてるけど、手書きだったりして、なかなか。
もっと書かなくてはいけない。
3月にあった大学時代の先生にも、「記録を残すように」と言われたのだから。

今年の梅雨は2週間遅れだったというだけで、結局雨量としてはつじつまを合わせてきている。
田植えも一週間で終わりそうなので、悪くないかな。草取りも少しできてるし。
今年はほぼ1本植えなので、結果がどうなるか楽しみ。
田んぼに水を入れて、耕耘機で耕す「代かき」という作業にはいくつかの段階があって、荒代、本代、代直し、という。大体、2回やれば植えられる状況にはなる。しかし今年は、一回目から二回目の間にずいぶんと時間が空き、カラカラになってひび割れてしまった。それでも、何もせずに草がはびこっている状況よりは良かったのかな、と思う。
あとは水に浮いてる草を土に着く前に取って、草取りの苦労が少しでも減るようにしたい。

大久野田んぼの日々0410 [田畑]

今年中には、「webようちゃんち」を立ち上げたいと思っているのですが、
まずは、きちんとブログを更新しよう。

今日から田んぼの1回目代掻きに入りました。近年まれに見る早さ。
もちろんまだ種籾も蒔いていないし、田植えは6月2日の予定なので、
5月末に二回目の代掻き(植え代)をすることになります。
グァノとボカシの元肥も入れた。
とりあえず、今日は一枚でした。

昼からは、毎週水曜日、大久野幼児園近くの駐車場で軽トラ販売をするための準備。
旬:のらぼう、ニラ、しいたけ、長ネギ、イタリアンパセリ
名残:ホウレンソウ、小松菜(東京黒水菜)、小カブ、キクイモ、花白菜
という感じかな。ようやく春になり野菜がそろってきた。
ただ、ホウレンソウとかはもうトウが立ってきているので、終わり気味です。
ニンニクとタマネギを早取りする葉タマネギと葉ニンニクがそろそろ。

今日から土曜日ぐらいまでは、やや気温が低いみたい。
月曜に種をまいたカボチャ、ズッキーニ、パプリカが無事に発芽するか、少し心配。
トマト、茄子、唐辛子の苗はぼちぼち生長しています。





ふつうのご飯 [料理]

写真.JPGFacebookでいいね!をいっぱいもらったので、こちらにも。
豚の生姜焼き←栗原はるみ
豚肉300g
しょうが1かけ、しょうゆ大4、みりん大3、キャベツ千切り適量
玉ねぎ1/2個
1.しょうがをゆっくりおろす。バットに調味料と一緒に入れる。豚肉は室温にしておく。
2.フライパンにサラダ油をしいて焼く。
3.玉ねぎを残りの調味料に混ぜて焼く。(これは、炒めてから味付けした方がいいかも。)

煮物
竹輪3本、大根15センチぐらい、人参1本、牛蒡30センチぐらい
1.鍋にごま油を温め、具を全部入れて、炒める。
2.水1/2カップとダシ1カップを入れる。酒を適当に入れる。50mlぐらい。
3.ある程度煮えたら、砂糖大1、しょうゆ大1、みりん大1を入れる。
4.具が柔らかくなるまで煮る。

今回はうちの野菜は、聖護院大根だけ。あと味噌とお米。
人参、牛蒡、玉ねぎぐらいは自分のがきちんとできているようにしたい。キャベツもできるといいね。
必要な野菜から年間の計画を立ててもいいかも。

大久野はたけの日々12月 [田畑]

年末というのは大きな締切のように感じる時がある。子どもの頃、学生時代は3月の年度末が区切りという気がしたが、最近は特にこの1年というのを12月に感じるようになった。
畑の仕事は冬になると少ないように見える。しかし、実際は来年の春になってから大きく育つ野菜を冬の寒さから守って大切に育てたり、今年の野菜の残りを片付けたり、堆肥のための落ち葉を集めたり、と案外仕事は尽きない。例えば今畑で春を待っているのは、西多摩の地野菜であるのらぼう菜をはじめ、空豆、エンドウ豆類、タマネギ、ほうれん草や小松菜などの葉物類などである。それに、なんと言っても来年の計画を立てる。何度もここに書いているのは、自分が未だにこの課題を克服できていないからで。本当に。
必ず年末にやる仕事は2つある。大掃除としめ縄(注連縄)作りだ。以前は餅つきも年末に欠かせない行事だったが、最近は12月の前半にやっている。今年も無事に餅つきは終わり、あとは苦手な大掃除と楽しみでもあるしめ縄作り。冬の日だまりの中で、今年とれた稲に感謝をしながら丁寧に藁(わら)を手で綯う(なう)という作業は一年間の仕事の中でも好きなものの一つだ。しめ縄用のわらは餅米のわらで、できるだけ乾燥が進んでいない青いものを使う。餅米のわらの方がうるちのものより柔らかいからで、田植え前に苗の束を縛ったり、稲刈り後に稲を縛るのにも餅米のわらを使う。縄をなうには、まず通常はわらを木の槌(つち)で叩いたり、水で湿らせて柔らかくする。ただ、しめ縄は神様のものだから本来は叩いてはいけないんだ、でも「見えないとこで叩けば良い」という人もいたから、まあ、軽く叩いた方が良いよ、とたしか最初に習った。今年は何人かの人に簡単な輪飾りを教えることもあって、少し叩いたり湿らせたりしてみた。わらはそれで良かったのだが、しかし、わらのない方を教えるのは意外と難しい。3本ぐらいのわらを手のひらの指の付け根と手首に近いところでそれぞれねじりながら逆方向に合わせる。やってみるしかない。何回かやっているうちに感覚をつかんで、わらから縄を作るが楽しくなる。ただ普段使う縄としめ縄はより方が逆になるので、太いしめ縄などは30本ぐらいのわらを逆にねじりながら合わせる。これを、30日だと「一日飾り」と言って嫌われ、29日も日にちが悪いとされるので、28日までに仕上げて飾ると、仕事じまい、となる。しっかりと2012年を締めくくれますように。

大久野はたけの日々11月 [田畑]

今年は、なんだかいつもより寒い気がする。
畑でがんばっていた夏の野菜も11月初めにはほとんど実がならなくなった。なぜだか一株だけ残っていたズッキーニが元気を取り戻して、今月になってから2本収穫することができた。
お米は脱穀も終わり、籾すり、精米をして今年の新米を食べることができた。味はおいしいが、香りが少し足りないような気がした。精米の仕方のせいか。うちでは循環式精米機(摩擦式精米機ともいう)を使い、玄米同士に圧力をかけるという方法で30kgを1時間ほどかけて精米する。お米屋さんの精米は、研削式精米機というもので砥石状のロールで研磨する方法で短時間で精米ができる。精米機にかけている時間の調整で七分づき米や白米に変わるのだが、少し急いだために七分づきぐらいになってしまったのかもしれない。これはこれで。籾すり機も精米機もないとすると臼を使うか、一升瓶かなど、それだけで大変な仕事になる。
そういえば、脱穀のときにも現在の機械に至るまでのさまざまな道具をみんなに見てもらった。動力がないものはまず千歯こき(江戸時代~)。細かい歯にお米の穂の部分だけを通して、バラバラと落としていく。現在も種籾を穫るためには籾を傷つけないようにこの千歯こきを使う。そして次が、足踏み脱穀機(大正時代~)。足で踏み続けて「こぎ胴」と呼ばれるドラムを回転させることによって、脱穀をする。こちらも大豆の脱穀などのときには今も現役である。次が電気で動く自動脱穀機。ここから、唐箕の送風による選別(「風選」という)の機能も機械が担い、作業の効率が格段に上がる。そして現在使っているのがコンバイン。コンバインの機能としては、通常は田んぼで稲を刈りその場で脱穀をする、というものなのだが、私たちの田んぼでは水が多いことからコンバインを田んぼには入れられないし、また籾を乾燥させるための乾燥機も近くにないために、コンバインをハーベスターとして使っている。ハザ干しした稲束を機械に入れるとこぎ胴が回転して脱穀し、風選によって籾だけが専用の袋に入っていく。機械がトラブルなく働けばとっても楽だ。とはいえ、一度この脱穀を一人でやったことがあるが、なかなか大変だった。ワラを送る人、機械の動きを見る人、ワラを出してまとめて縛る、いろいろな役割を何人かで分担すると大変効率が良くなる。
今年の脱穀では、いつも田んぼでは遊んでしまう子どもたちが、ワラを運んだり、機械に入れたりと積極的に手伝ってくれたのが印象的だった。米作りは、現代でもしばしばこうした共同作業の大切さ、おもしろさのヒントになるということが再認識できた脱穀だった。

名残の夏野菜 [料理]

野菜の旬には、はしり、さかり、なごりの3段階がある、というのを先日ラジオで聞きました。
今は、夏野菜の本当の名残、最後のいのちです。
というわけで、そのあたりを使った今日のごはん。

・ピーマンとパプリカと牛肉炒め
・茄子の鍋しぎ
・白菜とみかんとツナのサラダ
・大根葉とニラと卵の中華スープ

いつもよりちょっと多めだけど、なんか写真は撮らなかった。
鍋しぎ、というのはあんまり作らなかったけど意外とおいしかった。
うちの野菜は、ピーマン、パプリカ、ニンニク、茄子、味噌、パセリ、バジル、大根葉、ニラ、でした。

今日の畑では、ニンニクを植えました。相変わらず遅い!

会計の仕事が終わりません。がんばります。

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